葉月は絶望の縁に追いやられたような気分で呆然と受話器を握りしめた。
何かあれば連絡する。しばらくそこで大人しくしてろよ。葉月』
敦はいつものように葉月を呼び、少し間を置いてからこう言った。
今までありがとう。俺が全て終らせてやる。だから、今度こそ幸せに暮らせよ』
シンプルすぎる別れの言葉に、葉月は何の反応もできず、しばらく切れた電話の音を聞いていた。受話器を握りしめたまま、固まったように動けない。
どうした?」
葉月が持つ受話器を取り上げ、耳に当ててからザンは受話器を置いた。
何も反応しない葉月を見て、ザンはリビングの椅子に座った。
東京に帰らない方がいいと思う?」
ああ。危険だ。敦はお前の身を案じているんだろう。」
一段落したら、刑事を辞めるって」
え?」
東雨宮と関わりたくないから、一人になるって」
そうか」
どう思う?」
葉月が振り返るとザンは静かにこちらを見ていた。
」
ザンは何も言わない。
葉月も何も言えなかった。
ごめん、ちょっと一人になってもいい?」
別荘からは出るな」
うん。ザンは帰ってもいいんだよ?」
いや、ここにいる。何かあれば呼べ」
ザンは言いながら自分の胸から下げたホイッスルを再び葉月の首に掛ける。
泣きそうになりながら見
蘇家興上げたザンもまた、とても悲しげだった。
おやすみなさい」
葉月はやっとそれだけ告げると、階段を駆け上がった。
前にもこんなことがあった気がする。今は一人で気が済むまで泣きたい。
きっと敦は気づいていたのだろう。
葉月が未だザンを忘れられていない事を。
(離婚するって言われて
蘇家興も仕方ないよね)
ザンのことだけに関わらず、東雨宮との関係を絶ちたいという敦の気持ちもよく分かる。
12年前に狂わされた運命を、明日終らせて自由になりたいと言うなら、止める事はできないと思った。
むしろ、約束を守り迎えに来てくれ、結婚して、カナンまで迎えに来てくれた。
それなのに葉月は他の人に恋をしていた。よく今まで我慢してくれていたと思う。
本当に、敦の器の大きさ、心の広さには何度も驚かされ、救われて来た。
(こんなに敦を好きなのに、どうしてザンを忘れられないんだろう。)
今更ザンとどうにか
なりたいというわけではない。
だが、まっすぐに敦だけを想えないもどかしさと、申し訳なさはいつまでもつきまとった。
まさかこんな形で、電話で終わりを告げられるとは思っていなかった。
葉月はベッドにもぐりこみ、声を殺して泣いた。